3日目の費用合計
- 佐渡歴史伝説館 900円
- 飲み物 250円
- 刺身定食 1,800円
- 佐渡博物館 500円
- ホテルニュー桂 14,000円
目覚めるとこの日も晴天でした。
ホテルの通路側の窓からは黄金色に実る稲穂を眺めることができます。
朝食はバイキング形式です。
朝風呂の後、喫煙所で一服しながら、この日をどう過ごすか、スマホを片手にぼんやり考えていました。
旅の目的であった佐渡金山を観光し終えて北沢浮遊選鉱場跡にも訪れ、佐渡島滞在残り2日を残して、すでにやり切った感を感じていました。
佐渡歴史伝説館
喫煙所でスマホをいじりながら佐渡島の観光地を検索していると、なにやら面白そうな場所を見つけたので訪れることにしました。
平日の午前中 他にお客さんは誰もいませんでした。
受付で入館料900円を支払うとすぐに展示が始まります。
佐渡島で起きた歴史・伝説の寸劇を精巧なロボが演じています。
一つの演目が終わると、すぐに次の場所で演目が開始されてしまうので急いで移動します。
センサーで観客を感知する感じでは無いようでした。
知る楽しさを感じる事のできる場所ではありますが、事前に佐渡島の歴史を知識として持っていたら、より一層楽しめると思います。
以下のワードで検索し、予備知識を持って訪れる事をお勧めします。
他にも「おけさ猫」の演目がありますが、「おけさ」の発祥については諸説複数あるようなので、調べてみるのも面白いかもしれません。
館内の順路を進んで行くと「佐々木象堂」氏の作品が展示されています。
佐渡歴史伝説館の入り口の門にも据えられています。
残念ながら美術品に関する知識は全くと言っていいほど持ち合わせておりません。
しかし、対象をデフォルメした作品であることは直ぐに理解できました
金属で出来ているのにどこか柔らかく、優しい感じのする作品ばかりで、
思わず見とれてしまう展示品の数々を鑑賞することができます。
創作に生涯を費やし人間国宝と謳われた蝋型鋳金作家の作品は、
美術品に関して全くのシロウトでも、じっくり細部の造形を観察したくなる魅力を感じました。
真野御陵
佐渡歴史伝説館からほど近い場所に真野御陵があります。
正式には「順徳天皇御火葬塚」と言うそうです。
立ち入る事は出来ず、遠くから眺める事しか出来ません。
付近は林になっており、とても静かな場所です。
周囲には特に観光するような場所もないので、ご旅行で訪れる方もあまり居ないのかもしれません。
しかし、白州の道には落ち葉などは無く、綺麗に清掃されていることから地元の方々か、
管理されている方々がこの場所を大切にされている事が窺えます。
長谷寺(ウサギ観音)
長谷寺 「はせでら」ではなく、「ちょうこくじ」と読むようです。
佐渡島の少し変わった観光地として紹介されていたので訪れてみました。
大仏と呼ぶには少々小振りですが、冗談で作ったにしては大きすぎるサイズ感です。
駐車場に置かれたウサギ観音で有名になっているようですが、
本堂の方は古い歴史を感じさせる立派な造りの建物です。
お寺の境内を散策していると時刻も昼時に近づいてきたので昼食を取りに海沿いの道へ向かいます。
昼食 お刺身定食
佐渡島でお食事処と検索すると、多くの口コミが寄せられている人気のお店に行ってみました。
他の場所では観光客をほとんど見かける事がありませんでしたが、
店内は多くのお客さんで賑わっていました。
人気メニューは海鮮丼のようで、店内をきょろきょろ見渡すと皆が器からほじくるような動作で食事を楽しんでいます。
海鮮丼と醤油の問題が解決されていないまま歳をとってしまいました。
よく分からないおじさんは人気メニューの海鮮丼ではなく、「お刺身定食」を注文しました。
「お刺身定食」には白身フライとサバの味噌煮が付いてきました。
お刺身の内容でちょっと変わったところは、イカのくちばし(トンビ)が下処理無しで3個乗っているのと、
なぜか「海老の黄身寿司」が1貫裏返しに置かれているのと「つぶ貝煮」が乗っているところでしょうか。
お刺身は全てお寿司用なのか「そぎ切り」でした。
やはりお勧めは海鮮丼のようです。
佐渡博物館
なんだかモヤモヤした気持ちを解消するために佐渡博物館に向かいました。
「順徳天皇御火葬塚」を訪ねてからなんとなく「島流し」のイメージに違和感を感じていたので、
それを解決できるかもしれないと思い立ち寄ってみました。
流刑地と言う言葉に対して漠然と未開で粗野な環境を想像していましたが、佐渡は「古事記」「日本書紀」にも登場する歴史ある島のようです。
佐渡島の歴史の歩みは小学生のころ社会の教科書で習ったものとほぼ同時期に始まっていることを教えてくれています。
佐渡が流刑地として定められたのは722年頃からのようです。
現代の犯罪とその者の収監施設である刑務所の意義と大昔の常識は当然異なりますが、
どうやらその事に思い至らなかった知識の無さが原因で違和感を感じていたようだと発見することができました。
当時の政権や権力者に疎まれわざわざコストをかけて島流しにされる人物は、貴族や知識人といった人々のようです。
政争に敗れて島流しにされてしまうのは残念で不憫なことかもしれませんが、突然スゴイ人を受け入れることになった島に住まう人々にとってはどんな感じだったのか、展示品を眺めていると空想がふくらみます。
東光院
様々な理由で日本各地からやってくる人々を受け入れてきた佐渡島には社寺仏閣が数多く残されています。
佐渡金山の展示で気になるモノを見かけていたので、関連した場所を探し当てて向かうことにしました。
お堂の中にはスゴイものが鎮座しています。
佐渡島は ひらたい トコロは ほぼ田んぼ です。
実る稲穂の平地から海岸線を目指してクルマを走らせます。
津神神社
海岸線の道を運転していると赤い橋が見えたので立ち寄ってみました。
津神神社のある大川地区周辺はかつて廻船問屋が軒を連ねていたそうです。
廻船(かいせん)とは各地を回遊する船のことを指します。
ある港で商品を安く仕入れて、別の地域の港で利益を出す商売、つまり「せどり」です。
北前船の日本海側航路に古くから佐渡島も含まれていたようです。
物資や商品が集まる問屋町は、きっと活気ある賑やかな港だったことでしょう。
各地との交易で栄えていれば技術や文化の交流もあったはずです。
現在は周囲は民家が数軒ありますが、かつて問屋が軒を連ねていた様子を想像するのは、
ちょっと難しい感じにひっそりしていて、なにか物悲しいような、時間が止まってしまったような静かな神社です。
ホテル ニュー桂
朝、出発の際にフロントで夕食の時間を何時にするか尋ねられていたので、
その時間に間に合うようにホテルに戻ります。
佐渡島には夕焼けの景色の美しい場所や、日が沈んだ後もライトアップされる観光地があることは事前に調べがついていました。
しかし、風呂に入り夕食を取ると、ついお酒を呑んでしまい、
当然、車の運転は出来なくなってしまいます。
ホテルから徒歩で出かけるような場所も無いので、食後は部屋で過ごすことになります。
日が沈むと窓の外の景色も暗闇しか見えません。
佐渡島をフルに楽しむには夕食は外すべきだったかもしれないと後悔しながら、この日を終えました。